誕生日

2017.03.10
Be Positive、地震、東北大震災、津波
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こんにちは、明日、3月11日は私の誕生日です。

といっても母から生まれたのは別の日なんですがね。

明日は2回目の、この世に生を受けた日なんです。

そうですね、「3・11」東日本大震災の日です。もう6年、早いなあ。

 

 

最初に断わっておきますが、今日の記事は長いです。

 

私は前職で青森の会社に勤めておりました。食品関連の業界です。

工場のライン現場研修では、朝から晩まで魚やイカをパートさんと選別したり、

品質管理研修では白衣を着て、これまた朝から晩まで細菌検査に明け暮れていました。

営業課に配属されてからは東北6県を毎日社用車で巡っておりました。

青森は私にとって未開の地で、地元でも大学時代過ごした地でもなく、

中々周りの環境に慣れませんでした。

友人も、恋人も、家族も、知り合いすらいない毎日、会社とスーパーの往復。

休日はレンタルビデオを片っ端から借りるか、車で温泉めぐりや写真を…あれ、楽しんでる?

まあそれは置いておいて、正直な所、自分の未来について迷いが生じていました。

仕事ってなんだろう、生きるってなんだろう…いやぁ迷走してましたね。若いなあ25歳。

 

とはいえ、頂けた仕事はやらねばなりません。

迷っていてもいつか腹が決まるだろ、と思ってわけがわからんままつっ走っていました。

そんな営業課3年目の福島出張の時でした。

私は福島のお客様と福島県いわき市の事務所で合流し、

お客様のトラックで水戸のスーパーに向かいました。

遠方の商談なので失敗できず、何とか導入したい「イカフリッター」。

商談資料はまとめた、価格交渉の準備も記憶している、

あとは朝揚げたこのフリッターが冷めないうちにスーパー様にご賞味いただき、

お客様と一緒にいかに魅力を…

 

2時過ぎだったと思います、トラックが大きく揺れ、

車両不整備ではとお客様に冗談を言おうと思ったところ

地面が隆起し電柱が倒れ、あたりの会社や工場から人がブワーッと出てきまして

私たちは急に止まる車や、傾いてるマンションなどに呆気にとられておりました。

 

「死ぬかと思った」のは大学の頃ディズニーランドでジェットコースターに乗った時以来です。

でも怖くはありませんでした、むしろ胸にフツフツと湧いたのは怒りでした。

「ここで死ぬの?」「まだ何もしてない」「ふざけんな」

 

4日間かけて、私は青森へ戻りました。

少量のガソリンの給油しか許されず、

物資と補給路の断絶による食料品店の閉店、

そして夜中の余震。たまりませんな。

ホテルが空いていても、とても建物の中で眠る気はしませんでした。死んでたまるか。

 

震災から2年目の夏、この会社でチャンスを頂けました。

いつか死ぬのは理解できますが、悔いだけは残したくありません。

我慢して、誤魔化して、自分に嘘をついて、そのまま眠りにつくなんてお断りです。

だから私には、自分自身の原因で止まっている時間は無いんです。

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※冒頭の画像「津波でひっくり返された車両」は高さ4階まで打ち上げられていました。

 

あの日止まってしまった人たちへ、

悔いを残して去らねばならなかった人たちへ、

私もいつか止まる日までは全力で進みます。

 

何度でも立ち上がってやろうと思います。

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私が書きました

米安 央